ラーメン(拉麺、柳麺)とはだし汁に茹でた中華麺を入れた日本の料理。日本では「国民食」とよばれるほど広く親しまれ、日本以外の地域でも知名度の高い日本食である。中華そばや支那そばなどの別名でも呼ばれる。
鹹水(かんすい)を使用した中華麺を用いるため、一般的な鹹水を使わない小麦麺、日本のうどんや中国の麺料理とは異なるラーメン独特の食感がある。
ラーメンの起源は中国、または日本の中華料理とされている。ただし現在の日本のラーメンは、中国の麺料理文化とは異なる日本独自の食文化に発展している(詳しくはラーメンの歴史を参照)。ラーメンの語源は、中国北部の麺の一種、拉面(ラーミェン)というのが定説である。中国語の「拉」とは「引っ張る」という意味で、拉面は蕎麦やうどんのように切り分けて長細い形にするのではなく、手で引っ張り麺の形を形成する技法で作られる。ただしこのラーメンの拉面語源説には異説もある。一部の辞典などによっては老麺という漢字表記も見られるため、それが本来の表記とされることもある。老麺(ラオミェン)とは保存した古い発酵生地を酵母種として使用する中国伝統技法で、マントウや包子を作る際に用いる。中華麺はマントウのように酵母で膨らませる必要がないため、老麺法はラーメンに用いる技法ではない。現代ではラーメンは通常カタカナで表記される。東アジア圏では日本拉面、日式拉麺と呼ばれている。
日本で最初にラーメンを食べたのは徳川光圀(水戸黄門)だという説がある。倉敷作陽大学の小菅桂子の主張によれば、1659年に明から亡命した儒学者の朱舜水が水戸藩に招かれた際に、所持品リストにラーメンを作る際に使うものが含まれるから、中国の汁麺を献上したとの記録はないものの、実際に作ったに違いないという。しかし推測の域を出ない。これを復元したラーメンは横浜ラーメン博物館にある。一方、日本への伝搬の起源として明治時代の神戸や横浜などの中華街で提供された南京そばに始まるとする説と、次が大正10年(1921年)に現・北海道大学正門前にできた竹屋食堂からとする説がある。どちらも、現在のラーメンとはスープも麺も作り方から味まで全く違う別物であったが、竹屋食堂では大研究の結果、大正15年(1926年)に醤油味、チャーシュー、シナチク、ネギをトッピングした現在のラーメン原形ができている。